四畳半商店 店主ドードーの日記

四畳半商店の事と心のうちを出しています。

機能不全家族な思い出を吐き出すの巻

グリーフワーク(嘆きの過程)は、理論などでは無く、感情で溜まったものも出す作業だそうだ。

 

グリーフワークを知らなかったけど、今まですでにいくつかの話はブログにも書いて来たし、友達にも話せたりして来ているが、

 

もっと思い出して書いてみた。

 

母親は急に乱暴な言葉を発したかと思うと、数秒後には優しい声で「ご飯にしなさい」なんて言う事がよくあった。

不安定に上下する感情に、子供ながらに困惑した。

何が本当か分からず、あまり考えないようにした。

今となると、おかんは情緒不安定な状態だったのだろう。

 

これはかなり曖昧な記憶だから、事実ではないかもしれない。

記憶が間違っていなければ、家族で無銭飲食をした事がある。

おかんと兄妹3人でとあるテーマパークに遊びに連れて行ってもらった。「あんた達の為に来てるんだからね!」そんな風に、その日もおかんは理性が一瞬無くなって、吐き捨てるように言っていたのを覚えている。

蕎麦屋のテラスのような外の席で、お昼を食べた。

 

植木が点々と間仕切り代わりになっているだけで、数歩歩けば外に出られるような席だった。

 

気づいた時には、店の外を歩いて行くおかんの背中を追いかけていた。

 

「あれ、お金払わなくて良いの?」僕は心の中で思った。

 

そのおかんの背中がとても冷たいもののように見えて、なぜか今でもその光景が思い返される。

 

不信感とうしろめたさ、冷たい何かが心に残ったのを覚えている。

 

地区の子どもたちのスイカ割りで、おかんが兄の顔にスイカを押し付けて、「自分でやれっ」と理性を失い帰った事があった。

「おかんは大丈夫かな。」と思った。

当人の兄貴は何にも気にしていない様子で、スイカを食べていたのが、アホらしかった。

 

中学時代は勉強も部活も頑張ったけど、万引き、窃盗、暴力、喫煙、先生へ反抗、他にも言えない事があったりしたが、母親は関心を向ける気も余裕もなかったのか、野放し状態だった。

万引きは流石にスーパーに呼び出されたが、他にはほとんど関与しない親だった。

そして僕も家では反抗もせず、かといって甘えもしない、飯だけ食って兄妹でテレビ見たり、テスト前は一人で居間で勉強するような生活だった。

 

母親の話しか無いが、親父は夏休みなんかには川で釣りしたり、山で犬と遊んだりしてくれるような、割と良い親父だったが、それ以外は酔っ払って暴れるどうしようもない男だった。

その変化は子どもながらに恐ろしかった。

 

中学一年の頃か、兄と口喧嘩が激しくなり、取っ組み合いになった。

当時流行っていたバタフライナイフを持った兄貴の手首を押さえながら、ナイフを避けようともみ合いになった。

兄貴は180以上あるし、俺も今と同じくらいの背で体格も良かった。

おかんは近くにいて、「やめなさい」と言っていたが、止められる訳がなかった。

映画やドラマでナイフを持った犯人と警察が揉み合うみたいな状況だった。

僕は親指を少し切ったけど、それだけで済んだ。

兄貴も俺もとても攻撃的な精神状態だったのだとお思う。

 

小学3-4年の頃だったか、ミニ四駆が流行っていた。

僕は家に友達を呼んで、一緒に改造していた。

台所にはおかんもいた。

友達はスーパーの白い袋にパーツを入れて持って来ていた。

その中に100円玉が何枚か入っていた。

友達が持ってきた100円だ。

僕は友達の目を盗んで、その100円玉を盗んだ。

「あれ、無い」

友達は気づいて、袋の中やあたりを探している。

僕も知らないフリをして一緒に探してやった。

結局友達は100円を諦めた。

僕は100円を盗み、探すあいだ、台所に立つおかんの背中を、ちらっとみたりしながら様子を伺っていた。

おかんは友達の100円が無くなったと言った時、少し横を向いたが、そのままだった。

僕はほかの友達の家でもミニ四駆のパーツを盗んだ事があった。

あの時のスリルが強かったのか、この思い出は良く覚えている。

そして今思い出すと、あんな小さな頃に盗みを働いて、友達を欺いて、悪知恵を働いた、卑屈な子どもだった事に悲しさと遣る瀬無さを思う。

おかんも見て見ぬ振りをしていたのが、なお辛い。

どうしてだろうと思うが、これも家庭環境の影響なのかと思う。

 

中学時代は性に目覚める頃だ。エロ本の裏にあった、電話でエロい話を聞ける国際電話並みの料金の番号に掛けていた時期があった。

毎月の電話代は案の定高い請求になった。明らかに家族内では俺が使っているのはわかっていたが、おかんは何も関与してこなかった。

性の話である事もそうであるが、過去に親父の金を盗んだ時同様、関わるのが嫌だったんだろう。

おかんの中にも思春期の俺に対する恐れがあったように感じる。

結果、ほおっておかれるのが特徴だった。

 

今思い出せるだけ書いてみた。

 

また過去に書いた事もあったし、ここ以外で書いた話はまたべつにあるけど、こんなものだ。

 

全体像として、精神及び情緒不安定気味で、離婚後は昼夜働き余裕も無く、子供は放置するもご飯は作る母親と酒・ギャンブル・借金で上手くいかず自己統制の出来ないから酔って暴力を振るい発散する親父という親だ。

 

親父は若い頃どんな仕事をしていたのか。

 

安定した収入があれば、多少は精神的余裕が生まれ、家族や酒に頼らないで、不安やストレスを消化出来たのだろうか。

 

バブルの時代が終わり、仕事が無くなり、不安定になった社会に飲み込まれて、何とか取り戻そうとしたけど駄目で、自暴自棄になって酒を飲み、パチンコに行き、借金が膨らみ、自己破産したって流れなんじゃなかろうか。

 

子供より、自分の快楽を子供が出来ても、優先してしまうとこうなるのかもしれない。

 

世代連鎖もある。

 

オヤジの親、オカンの親も同じような家族環境を作っていたのかもしれない。

 

様々な研究がなされて、対策が打てる時代になってはきていると思う。

 

アダルトチルドレンが多く生まれ、認識されてきた世代だ。

 

人類全体で成長していく過程の一つなんだろう。

 

その時代に生まれて、こういった経験があるのだから、責任持って次の世代に教訓を残したい。

 

時代ごとにより良く進んでいけるように。

 

 

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