四畳半商店 店主ドードーの日記

個人的な日記な面が多めのブログです!仕事の事も追い追い入れてきますー

フィリピンでボランティアしててぶち当たる壁。

協力隊に来る前はいろんな理想があった。

たとえば、テレビから映し出される途上国の貧しい人々の現状を見て、可哀想だと思って、何か助けになれないのかってもやもやしたり、けど何の技術もない僕が何が出来るんだって自問自答したり、けどきっと何か出来る事はあると思うし、そんな”助け”を求めてる人がいるんじゃないかって、そしたらこんな僕でも誰かの為になれるんじゃないかって。そしてきっと途上国の困っている人達と協力して何か問題を解決したり、共に歩んでいくなかで得られる経験が給料なんか無くたって全然問題なくて、お金じゃないそこでの経験がとても貴重なものなんだって、そう思っていた。

すごい憧れていた。そういうものに。

というか、そういう理想しか目にはいってなかったから、自分のなかに余計な先入観や理想像を作ってしまったから、きっとそれが時に情熱になり、時に失望になったんだろう。

 

2回目の協力隊。

だから、僕は2回目の協力隊に派遣される時、何にも期待しないし、何にも失望しないように、いつでも心の真ん中あたりに自分を維持して、常にそこにいるよう維持しようと思って臨んだ。

ただ思ってたのは、自分の出来る限りの事をしようと、そして自分を犠牲にせず、自分の為に、自分が楽しくなくっちゃダメだよってのが大前提だと思ってまたフィリピンに戻ってきたんだ。

 

貧しい人達はいるけど。

フィリピンにはテレビが言うような貧しい人達がいっぱい居るのは本当だよ。なんで彼らはいつまで経っても貧しいのかってのは、すごい複雑だよ。ただ色んな要因があるって事を僕なりに知れた。

とてもそれは協力隊の解決出来るレベルの話じゃないし、どうすれば解決出来るかなんて到底わからない。

”すべては教育のせい” なんじゃないかと思うけど、わからないな。

現実は困ってる人だらけだけど、彼らは僕に助けてもらいたいなんて思ってない。

助けてくれと頼まれるけど、それは彼らにとっては一つのツールであって、頼んだら何かくれるかもっていう便利なツール。そういう認識ってかなりある。結局は助けてもらうんだけど、ツールを利用してるっていう感じの方が近い気がする。それをツールと呼ぶのか援助と呼ぶのか、依存と呼ぶのかわからないけど。

 

理解する事される事の欠如。

彼らは僕の事ツールだと思ってるかもしれない。けど、僕は本当は彼らの仲間で、信頼出来る友達で、そういう信頼を担保にするから支援が出来るし、お金だって、設備だって支援したいって思うし、一緒に何か作り上げたいって、本当はそうなのにそれを理解してもらうには時間と対話が必要で、協力隊の2年間って短くて、それできる前とか、出来つつある所とかで終わっちゃう。今回は一年間で、事業のなかには10人弱メンバーが居るけど、僕のやってる事を理解しているのは1、2人くらいだろう。けど、それでも何かしたいって思える人だし、可能性を見いだしていた、支援してきた事はきっと良い方向に向くと信じてる。結局理解が必要だ、お互いよくわかってないと間違いが起こる。

 

何の為のボランティア。

理想の頃の話のように、誰かを助けたいっなんて偉そうに思ってると、実際助けてみて、それに感謝されないと、何なんだよっ礼も無しかよって心の中にいる悪魔が言い出して、よくよく考えてみると、何の為にボランティアやってんだろって、一番の意義だったはずのお金じゃない何かが欲しかったのにって。

実際やってらんないなって思う事はたくさんあって、フィリピンに関わろうとすればする程、その反発に遭う事になる。

思いが強ければ強いほど、深傷を負う事がある。

彼らは意図せず、たやすく僕の意欲を削る事をする。それは文化や習慣の違いでもあるし、事業への思いの差の表れでもあるから、しっかりわかった上で構えてないとすぐにでも負けてしまう。

 

鈍感力必須。

もっと鈍感であれ。と良い意味で思う。

その鈍感が心の安定になる。

彼らはもっと鈍感だから、同じくらいに鈍感でないと、一人で神経すり減らす事になる。

また、鈍感がゆえに色んな事が伝わりにくいから、いつも繰り返して行かないと忘れられてしまう。

日本人の僕が鈍感と感じているが、フィリピン人にとっては当然普通である。

あー異文化交流ってこういうもんか。

っていろんなタイプの人間は日本にも居るけど、外国だと日本の少数派タイプが多数派だったりして、その社会を構成してたりするってことなんだろう。

 

異文化の壁。

異文化っていう壁は誰でもいつかは対面するから、何とか自分なりに越える、もしくは壊しちゃう。越えてもまた違う壁がまた現れたりとか、その度対処しないといけない。

僕は何度もその壁に目の前を遮られて、とうとうそこから逃げた。見ないフリもした。避けて避けてどんどん自分の殻に閉じこもった。

その時期は正直辛かったけど、それを壊すきっかけをくれたのもまた異文化であり鈍感である彼らのお陰だった。

 

文化や習慣はただ周りを漂ってるだけで、最後は人なんだなと思った。

笑顔で”オーイ!どうしたの?元気?って言われるだけで救われた。

 

シンプルだなと思った。笑顔で解決するって知らなかったんだ。

 

それでも僕は人間です。

人間だから今でも心は揺れ動くし、不安定だ。

心の中の黒い所や醜い所がちらちら見れることもよくある。

綺麗な理想を持ち憧れる反面、実際上手くいかないと相手を非難して自分を正当化したり..

そんな自分が心に居る事も気付けて良かった。

そんな自分を否定しないし、それがすべてとも思わないけど、人間てそういうもんなんだろう。欲だってあるし、綺麗な心と汚い心がいつもやりとりしてるんだろう。

 

フィリピンはもっとシンプルだ。というか人間らしいんだろう。

よく笑い食べ寝る。子供もよく作る。恋する。愛する。そのぶん人も憎む。嫉妬する。

 

色んな人が世の中に居て良いと思った。

やっぱまん中で行こうとまた思った。

 

 

 

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