四畳半商店 店主ドードーの日記

個人的な日記な面が多めのブログです!仕事の事も追い追い入れてきますー

英語必修化なんていらない。

母親87%賛成。

かなり多いと思った。
英語はこれから必要になってくだろうけど、勉強するなら大人になってからだってできる。やりたいやつが選べば良い。みんなに義務付けるのはおかしいと思う。
http://s.news.mynavi.jp/news/2014/01/14/242/index.html

フィリピンの様になっていくのか。

フィリピンにも各地に母国語が十数個あるけど、英語が公用語でもある為、かなりフィリピン社会に英語が日常的だ。

フィリピン公用語のタガログ語と英語を混ぜて話すタガリッシュがハイクラスのフィリピン人の証明みたいなもので、テレビに映るフィリピンの女優や歌手もそういう言葉を使うし、しまいにはフィリピン人同士で英語で会話っていうのもある。

個人的に母国語があるのに英語で話すって違和感あるし、実際経験もあるけど不自然過ぎると僕は思うし、嫌いである。

フィリピンでは逆にそれがステータスでカッコいいものになっている。

ただ個人的な経験からの見解だが、地方のフィリピン人はまだ母国語を大事にしようと無意識な反発があるような気がする。格差社会が良い副産物を生んでるようだ。

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授業も英語で受けるフィリピン。
理数科目は英語で受けている。国語のタガログ語と英語の授業は母国語で受ける。

小さい頃からそうだから、英語がどんどん彼らに染み込んでく。
アメリカに染まっていく。

アイデンティティー。

英語を話すようなって感じることがある。話せるといっても簡単な日常会話程度だが、思ってることは伝えられる程度だ。

英語を話していると、自分の人格が変わる気になる。
変わっている自分が分かる時がある。

日本語みたいにいろいろ柔らかい緩衝の言葉だったり、思いやるゆえに曖昧であったりっていうのが無くて、はっきり物事言うようになってる。
だからか、英語だとよく怒ったりしてしまう。

日本人らしくなくなってくというと大袈裟か、

けど話す言語で人の性格や人格は影響されると思う。

フィリピン人を見てると、アメリカ被れの安い人間に見える。

それはすごく哀しいことだ。
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自分達の言葉で学べるって当たり前じゃない。

フィリピンは英語に頼ってしまったゆえに、自分達の言葉が発達しなかった。
政治も行政もアメリカの仕組みで言葉も英語。
専門職になると英語じゃないとダメ。タガログ語にその言葉が無いから。スペインとアメリカに長く植民地にされてたから彼らのタガログ語は発達する必要なかった。

日本語はそうじゃない。医者になるのに母国語で学べるとか当然のようで素晴らしい事だと思う。

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