四畳半商店 店主ドードーの日記

四畳半商店の事と心のうちを出しています。

「不幸にする親」読んだ。きつかった。

ずっと先延ばしにしてきた、昔の事にちゃんと向き合おうと最近思ってきている。

 

心理セラピーやカウンセリングを受けた方がいいかもしれないと考えている。

 

とはいえ、フィリピンに行く前より、かなり人とコミュニケーションもとれるようになった。

 

ただ、今もまだ改善せず残っているのは、僕は人を愛せるのかというところだ。

 

極論を言うと、僕は親に愛されてなかったんじゃないかと思うことがある。

 

言い過ぎかもしれない。 

けど、ほとんど放置されていたんじゃないのかな。

 

2番目の兄貴は学年だと3つ上だが、兄妹一の甘えん坊で、小さい頃は喘息をずっとしていた。

 

その喘息のおかげで、やたら手が掛かったんだろう。どんどん甘える様になった。

 

うちの兄妹は実は4人で、一番上の兄貴は事故で亡くなっている。その頃、2番目の兄貴はおかんの腹のなかにいたそうだ。

 

だから2番目の兄貴は余計大事に育てられたんだろう。

 

そのあと俺が産まれた。

 

4000g以上で、体も大きくて、飯も食うし、肥満体な子供だったが、病気も1つせず、手が掛からなかったとよく言われた。

 

そのあと年子で妹が産まれた。

 

はじめての女の子だし、可愛かったのかもしれない、おそらく俺から妹に労力が移っていったんじゃないかと想像している。

 

兄妹の真ん中にいる奴の宿命ではある。

俺は自由に育った反面、親の愛情を受けてこなかったのではないか。

 

 

本の中には色んな毒になる親の特徴があって、うちの親にも当てはまるな、と思っていた。

 

毒親なんて言いたくはないけど、全ては否定できない。

 

子供のためを思って叱ったりするのではなく、親の望むように子供を仕立てる為に叱ったりすることは、コントロールすることと同じで、そういった親都合で日常的に怒られたりすると、子供は愛情を感じなくなっていくらしい。

 

そりゃそうだよな。俺もそう感じるふしがある。

 

 

 

例えば、小さい頃は勉強しろってよく言われてた。

多くの子供が言われることではある。

 

僕の場合は、言われるのが嫌になって、自分から勉強して良い点取れば、何も言わないから勉強は良くやったし、結果よく出来た。けど褒められたりした記憶はない。

 

けど、当時は進研ゼミをやっていた。

毎月問題集が送られてきて、テストをやっては送り返し採点してもらうというやり方だ。

良い点を取ると沢山シールをくれて、シールを貯めると、天体望遠鏡とかドラムバッグとか、他にも色々子供が欲しがるような景品があって、そのために良い点取ろうと思っていた。

 

それがあったために、頑張れば良い結果がもたらされるという仕組みを学べたし、親に褒められた記憶はないが、第三者にそういう仕組みがあったから良かったんだと思う。

 

おかんは教育熱心で水泳、習字、そろばん、ボーイスカウト、サッカーなど色々な習い事も通わせてくれたんだけど、どれも長続きしなくて、本当に僕自身の意思でやっていたのかも疑問だ。

 

おかんからしたら、色々子供にやらせたかったのかもしれない。

それが誰の何のためかはわからないけど、前向きに見れば、いろんな経験をさせてもらえたということだ。

期待をしていたのかもしれない。兄貴は病弱で勉強もできなかったし。

 

 

 

愛情を感じる機会が少なかったという点でも、思い浮かぶ点がある。 

 

 

例えば子供の頃、おかんと遊んだ記憶がない。

実際はあったのかもしれないけど、全く思い出せない。

 

親父とは小学生の頃山に行ったり、川行って釣りしたり、どこか飯連れて行ったりしてくれたのは覚えてる。

 

思い出せるのは、いい記憶じゃなくて。

日光江戸村?みたいなのところにおかんと兄妹で行ったけど、おかんはイライラしていて、お前らの為に来てるんだ、と不愉快な表情をしていた。

 

おかんは本読んだりして家で1人で過ごすのが好きなタイプだ。

社交性はあまりないというか、友達と何処かへ行くとかは僕の知る限り無かった。

だから子供連れて外出ること自体、ストレスだったんだろう。

 

こんな思い出しか出てこない事が悲しい。

 

きっといい思い出もあるはずなんだけど、そういう負の感情をあらわにした親の思い出があまりにも強く写って、心に残ってしまっているんだろう。

 

兄貴や妹はどれくらい覚えているのだろうか。まだ聞けてない。

 

ここでは言えないけど、その日の出来事で確かめなきゃいけない、暗い話が他にもある。暗いというか、見てはいけなかったというか、今でも100%はっきり覚えていないけど、あの時の衝撃とか違和感は覚えている。 

 

僕は小さい頃、意外と大人の行動や言動をよく見ていて、理解していたから、何が起きたかよく記憶に残るのかもしれない。

 

良い出来事じゃないから、辛い作業だけど、いつか確認した方がいい気がしている。

 

 

 

 

 

 

今でもおかんは俺のする事が気に入らないらしい。

認めてくれないという感じだろう。

知っていたけど、妹に愚痴を言っているらしい。

 

フィリピンから帰国して実家にいた時も、会社を辞めて個人事業主になった時もそうだった。

 

一般的な企業に勤めて、給料もらって、家族でも作ってといういわゆる一般的な生き方をして欲しかったんだろう。

 

けどこれは僕の人生だ。

 

俺にどうなって欲しいのだろう。

 

どうやら俺が望む事を応援してはくれないようだ。

 

暗い話ばかりだけど、もちろん、良い事もある。

おかんの肉じゃがやコロッケ、煮卵、うどんやすいとんやらは大好物で、本当に今でも美味しい。

 

長野の家具屋で初日からイジメられた時、電話先のおかんに励まされた。初めて励まされたのかもしれない。本当あの時は辛い日だった。

 

いい思い出も少なからずある。

 

一回辛い思い出をすべて洗い出して、一個一個解きほぐしていこうと思う。

 

 

 

おかんは精神的に不安定な所がある。

感情が急に触れる時もある。

 

その影響はやはり大きかったと思っている。

 

現に僕は人のことを気にしすぎて、本当の自分が出せない。

仲良くなりきれないというか、自分の最後の部分が開けない。

 

それゆえ、状況や人に応じて、いろんな自分がいて、本当の自分はどれなんだかわからなくなることがある。

 

 

少しずつ解決していきたい。

 

けど高い理想は求めないことにしよう。

 

 

 

人を愛する。

 

が僕の人生の目標だ。

 

そのために、自分を好きになる事。

 

が一番初めにできなきゃいけないことだ。

 

自分を認めて、好きになれれば、人を好きになれるって書いてあった。

 

人の悪い所に目が向くし、自分の悪い所ばかり考えてしまう。

 

そんな自分にも優しく出来るようになったら良いな。

 

おかんやオヤジの事ももっと受け入れてあげられるようになれるんだろうな。

 

時間が掛かるな、本当に。

 

兄妹にも聞いてみよう。

 

 

 

暗くなりすぎてしまったけど、今の気持ちは意外と、この文面ほど暗くない。

 

おかんや親父にも言いたいことは色々あるけど、恨んだりはしていない。

むしろ当たり前だけど、彼らがいなければ今の僕はないから、感謝している。

 

本にもあったけど、この負の連鎖を止めるために、僕がいると考えたい。

 

僕は問題に取り組もうとしている。それに気づいて、もがいている。

 

それがとても尊いことを、自分に伝え続けていきたい。

 

 

 

淡々と自分の気持ちを俯瞰して見れるようになってきていると思う。

 

こうして自分の気持ちや過去をブログに書くこと自体、昔の自分には出来なかったから。

 

一歩できるようになったじゃん、と自分の背中を押してあげたい。

 

 さて、HP作り再開するぞ! 

不幸にする親 人生を奪われる子供 (講談社+α文庫)

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