四畳半商店 店主ドードーの日記

四畳半商店の事と心のうちを出しています。

「毒になる親」読んだ。「精神的な虐待」はもっと認知されなければならないと思った。

最近、読書自体全然出来てなかった。

 

しかもこの本は僕にとって、とても繋がりすぎてて、

読んでは止まって、自分の心に問いかけて、色々な事を考えて、、

で、また再開する感じで全然読み進められなかった。

 

内容は思い当たるところが多々あり、また何度か読まなくてはいけないだろう。

 

僕の家庭もいわゆる「機能不全家族」だったと思われる。

 

オヤジはアル中だったのか、アル中手前だったのか不明だけど、毎日のように酔っ払って帰ってきては、いつ暴れ出すか、と警戒しなければならなかった。

 

暴れた時はほんとに辛くて、恐い気持ちだった。

 

暴れるオヤジ自体が恐ろしいのではなく、それによって、家庭が壊されて、少しの安心感が壊されて、この世の終わりのような、やるせなさが沸き起こり、ますます不安になっていく。

心が何というか息苦しいというか、怖かった。

 

「この家で生きていけるのか」

「オヤジは警察に連れてかれたけど、明日学校でみんなにわかってしまわないだろうか」

「いつまた暴れるんだろう」

 

そんな事を考えたりしなければいけなかった。

 

いやでも、変な意味で「しっかり」「大人しく」しなければならなかった。

 

子供は子供らしくいっぱい遊んでるだけで良いはずだ。

 

僕もたくさん遊んだ記憶もあるけど、いつからか大人や「人をよく見る」クセがついてしまった。

 

今で言う「空気を読む」ことを子供ながらにしていたから、大人からは「しっかり」「落ち着いた」ように見られたのだろう。

 

よくそう褒められたりしたのを覚えている。

 

 

それは子供なのに、周囲の状況や人の感情を把握しなければならなかったからだろう。

 

おそらくオヤジを警戒している時に無意識についたのかもしれない。

 

子供の頃は精神や情緒が形作られていく段階だ。

 

「自分らしく」いて良い時に、自分らしさどころかオヤジが暴れてたら、自分はオヤジの子供なのに、子供がめんどうみなきゃいけないのかとなる。

 

子供が親のすべき責任を背負っていかなければならない状態は、子供の精神的に大きな負担になる。

 

心はどんどん不安定なものになって、そのしわ寄せが学校で友達を殴ったり、先生に反抗したり、万引きしたりになる。

 

僕は改めてこの分野について学びたいと思ってきている。

 

日本では体の虐待が目立って報道される分、精神の虐待は見落とされがちだと訳者も言っていた。

 

犯罪者の多くは幼少期の家庭環境が不遇なものばかりだそうだ。

 

もっと子供の精神や心に与える影響を一般知識化しなければいけないだろう。

 

僕はまだ模索しているけど、きっと将来そういう事を始めたいと思った。

 

もっと学ばなければ。