四畳半商店 店主ドードーの日記

四畳半商店の事と心のうちを出しています。

中学時代の反抗の訳がわかってきた〜子どもたちの「かすれた声」を読んだ。

僕は中学のとき、そこそこ荒れていた。

 

万引きは数え切れないほど。

 

学校でもバレたし、一人でやって捕まった事もあった。

 

スリルがあって、常習化していた。

 

些細なことで「キレて」、友達を殴った事もあった。

 

教室のベニヤの壁を殴って穴開けて、後日自分でベニヤを張り替えた事もあった。

 

バスケの顧問には暴言をはき、ボールを投げつけ、後半やチームメイトに暴力を振るう事もあった。

 

なぜ、僕はあんなにイライラして、不安定だったのかと、社会に出てからずっと考えてきた。

 

この本を読んで、キレてしまっていた自分の精神状態が科学的に説明されていて、驚いた。

 

ほとんどの例が当てはまる。

 

だんだん腑に落ちてきている。

 

自分で言うのも恐縮だけど、僕は勉強も頑張ってたし、部活も頑張っていた。

 

だから成績は学年でも上位で結構良かった。

部活もレギュラーで副部長も務めた。

 

生徒会もやっていたり、いわゆる「模範的な良い生徒」だったと思う。

 

一方で、前記したように荒れ狂っていた。

 

本の中に、成績優秀でスポーツ万能な生徒会長で、さらに友人の相談役でもあった群馬県の当時中学二年生の男の子が、自宅の裏庭で自殺したという事件が出てくる。

 

彼は学校や親そして友人からも期待され、それに常に応えて頑張ってきた。

 

親や学校は、成績や学力という評価で彼を扱い、その枠の中で一生懸命頑張ってきた。

 

中学二年という間違いや不安も多い時期に、友人からの相談も受け、周りからも頼られていた。

 

けど本当は彼も頼りたかったんだろう。

 

けど頼れなかった。

 

模範的なみんなのリーダーとして存在しなければいけない事をやめることができないままに、最後は押しつぶされてしまった。

 

本書には、こうあった。

 

「光を要請する人間社会」に対しての命を張った反抗です。

 

光。

 

社会の期待に応えて、本当の自分を二の次三の次にして頑張りつづける。

 

光の力が多い分、勉強や運動にも注力できるが、光と同じだけ陰の力も増えていくから、それを放出させてあげなければいけないという。

 

それが放出できないと、キレて外向的に力が向いて僕の様に暴れるか、内向的になって自分を傷つけるようになるそうだ。

 

内向的になるのは女性が多く、リストカットや拒食、過食もそれにあたる。

 

とても悲しくなった。

 

すごく頑張ったんだと思う。

 

誰にも相談できなくて、打ち明けられなかったんだろう。

 

本書には詳しく書いてないけど、家庭の問題も何かあったんだろう。

 

親が安らぎではなく、学業に強迫的だったのかもしれない。

 

でなければ、どこかでガス抜きさせてあげれたはずだ。

 

社会は見えないところで、人を追い詰めていることがあって、誰も気づかない事もある。

 

子どもたちは純粋に頑張ろうとして、本当の自分を抑制させてまで期待に応えようとする。

 

勉強が出来なくても良い。

 

運動ができなくても良いじゃないか。

 

そんな視点が無いと、子どもをどんどん追い詰めてしまう。

 

子どもからしたら、お母さんは本当の僕ではなくて、勉強ができる僕だから応援してくれてると感じてくる。

 

条件付きの愛だ。

 

競争はもう子どもたちを、幸せにしないんじゃないか。

 

僕は群馬の彼の瓜二つだった。

 

中学校の時に思った。

 

「一人で生きていかなければならない」

 

それから人に頼れなくなった。

 

今ではそれが常態化していて辛いと思う事もある。

 

弱みを近い友達にも出せなかったりする。

 

僕ももうそろそろ柔らかくなっていける気がする。

 

頑張りすぎないで良いんだよって今度は大人として教えていく立場だ。

 

社会はまだ厳しい。

 

怠けてるとか、働けとか、まだ空気の様にそんな強制的な空気が流れているから、みんな強ければ良いけど、そうじゃないから人間なのに、その基本を今はみんなで見えなくなっちゃってる。

 

変えていかなきゃ。

 

古民家を手に入れて、新しいみんなが心地いい場所を作るぞ。

 

 

子どもたちの「かすれた声」―スクールカウンセラーが読み解く「キレる」深層心理

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