四畳半商店 店主ドードーの日記

四畳半商店の事と心のうちを出しています。

過去にあったことを文章にして、客観的に捉えるワーク。

自分の家族で起きていたことを、しっかり文章化して、視覚化して、客観視することが、まず第一歩だそう。

 

僕の記憶の限りで、今現在思い出せることを書いてみたけど、全部は多すぎて載せられないから、抜選して少し公開したい。

 

親父が酔っ払って、母へ暴力を振るった。「殺される、助けて」という母の叫び声が聞こえ、兄妹3人で親父を止めに入った。おかんの叫ぶような声を聞いた時、おかんが本当に殺されてしまうのではないかと怖かった。こんな夜は以前にも何度かあって、親父の階段を登る足音が、その度怖くて仕方なかった。最後はどちらかを選べと言われて、離婚するのだと悟った。3人ともおかんを選んだ。

 

これはよく覚えている。

 

演技っぽい叫び声だったのも覚えている。

 

僕たち子供に助けてもらおうとしたのだろう。

 

「助けたい」という思いと同時に、「嘘っぽい」と感じたことも、少し今では納得できる。

 

なぜなら「偽る」という行為が、僕の家では日常的だったと思う。

 

酔って帰ってきた親父は、小声で何かをおかんに頼み、おかんは嫌がりながらセックスを受け入れた。僕はその場にいた。当時一階の居間に親父と僕だけが寝ていた。僕は話し声で目が覚めてしまった。今の奥のキッチンの方で、何か親父とおかんが話しているのが、薄目で見てわかる。親父は酔っ払っており、何かささやくような声でおかんに哀願している。いやな雰囲気を感じた。やはりそうだった。おかんはその場で下着を脱ぎ始めた。僕は寝たふりをする。二人が僕のいる居間の方に歩いてくる。隣に敷いてある親父の布団でセックスを始めた。暴力や不仲といった家族関係が当たり前の中で、おかんは嫌がりながらも親父とセックスをしている。普通の夫婦関係の家庭でさえ、誰もそんな場所に留まっていたくわない。僕はひたすらその一部始終を隣で耐えなければならなかった。親に対する嫌悪感と自分でも信じられない僅かな興奮を感じ、それが僕自身への嫌悪感を産んでいると感じる。

 

これも強く記憶に刻まれている。

 

公開しないほうが良いかと迷ったが、両親も俺も良い歳だし、構わないだろう。

 

不仲な親のセックスを隣で寝たフリして耐えるなんて、もう二度としたくない。

 

その時発していた声や音まで覚えているが、それは僕の中だけで持っていようと思う。

 

僕が小学六年生前後だったと思う。

 

本当に気持ちが悪かった。

 

食事の時などの親子間の会話の記憶がない。親父はいつも食卓にはいなかった。母親と三兄弟でいたが、兄妹がいたから気がつかなかったのかもしれないが、おかんと話をしたりする機会はあまりなかったように思う。これを裏付けるように、中学一年の時に、友人宅で夕食を頂いた時に、友人とそのお母さんが友達のように会話するのを見て、衝撃を受けた。

 

昼も夜もおかんは働いていたから、精神的にも肉体的にんも辛かったんだと思う。

 

親父は定職に就かず、借金、パチンコ、酒、暴力の繰り返しだった。

 

「家ってこんな感じなんだ」

 

「家族ってこんな友達みたいな会話するんだ」

 

と友人の家で衝撃を受けた。

 

スーパーで万引きをして捕まり、事務所に母親が呼び出され、警察にも連絡せずに帰してくれた。帰りの車で、何を言われるかと思っていたが、おかんは無言のままだった。家についても無言のまま。僕は叱られることもされずに、そのまま万引きなど無かったかのように、時間が過ぎていった。悪いことをしても叱ってくれない母は、僕が何をしても興味がないのだと知った。

 

万引きを良くしていた。

 

習慣化していた。

 

悪いとは思っていたような、いないような不思議な興奮があった。

 

僕が捕まっても、おかんは叱ってくれなかった。

 

捕まったことより、学校とかのことより、そのことの方が僕は傷ついた。

 

けどこれが顕著な例なんだろう。

 

習い事は僕ら意向ではなく、多く入らされた。記憶があるだけでも、水泳、習字、そろばん、進研ゼミ、ボーイスカウト、サッカー全て長続きしなかった。自分の意思とは関係なく、おかんのコントロールで行かされていた。勉強などにもお金を掛けていて、家にパソコンの学習機があったりしたが、母親から直接的に勉強を教えてもらった記憶はない。

勉強や習い事には力を入れていた。

 

子供達の将来を思ってなのだろうか。

 

一方で、「親子の交流」はあまり記憶にない。

 

「自分一人で生きていかなければならない」

 

僕は中学生になるか、ならないかの頃、そう強く思った。

 

僕は良い子でいたんだと思う。

 

けどそれは子供らしい、甘えを許されず、我慢して、歪んでいく始まりになった。

 

 

 

他にもたくさん書き出したけど、これ以上はいいだろう。

 

たくさんのアダルトチルドレンの方がいて、克服された方もいるし、体験の程度も様々だと思う。

 

少しだけ勇気を持って、こういう場で公開できたことが良かったと思う。

 

さて、ワークはまだまだ続く。

 

丁寧に過去を見つめ直す、良い機会にしていきたい。

 

 

アダルト・チルドレン 癒しのワークブック―本当の自分を取りもどす16の方法

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