四畳半商店 店主ドードーの日記

四畳半商店の事と心のうちを出しています。

謙虚に。忘れないように。

年賀状が書き終わらなかった。

 

今書いてる。

 

元旦には間に合わないかもしれないけど、明日だそう。

 

今日の夕方は英語講師の研修だった。

 

正直に、朝から、というかこの一週間が憂鬱だった。

 

先生と喧嘩して、終わり際泣いて、心が少し緩んで別れたのだけれど、

 

それでも今日行こうかかなり憂鬱だった。

 

ほかの英語の仕事ないか探してたり、仮病使おうかとか、不可抗力な用事作れないかとか、逃げる理由を探して一週間が経っていた。

 

トラウマ的に、人が大きい声を出して、怒ってるような、

 

または感情的になっている状態の人間に、

 

恐怖を感じる心があるのがわかる。

 

それはおそらく、ほぼ間違いなく僕の両親の影響だと思う。

 

親父は酒を飲んで帰ると暴れたし、おかんは機嫌が悪くてモノを荒々しく置いたりしているかと思うと、次の瞬間優しい声で「ご飯できたよ」なんて言う。

 

人間が急に変化することに戸惑い、ネガティブなイメージがそれに付随している。

 

そんな生育環境の中で築かれた心の歪みは大人になっても、こうして現れるものだと痛感している。

 

けど僕は逃げないことが今日できた。

 

少し大人になったと褒めてやりたい。

 

実際の研修では先生も気にしてくれていて、今日は優しかった。

 

けど厳しい中での優しさで、ちゃんと指導もしてくれて、英語を「教える」ことの難しさと奥深さをたくさん知ることができた。

 

「先生と呼ばれて、1カ月くらい経つと、どんどん横柄になる人もいる」

 

そんな話しも伺えた。

 

「先生」という目上の立場になれてしまうと、人は勘違いをおこしてしまうそう。

 

これは普段の生活にも通づるなと、自戒した。

 

慣れてくると、最初は感謝していたのに、当たり前になって、お礼も言わなくなったり。

 

ある人との付き合いが永いほど、その人への礼儀が薄くなってしまったり。

 

僕は謙虚と真逆のような人間だから、人の3倍以上謙虚でなきゃいけないのに、と帰り道に思った。

 

素直に話しを聞いてみよう。

 

自分のプライドを捨てよう。

 

僕は自分を守ろうと必死にかばうことがある。

 

それを無意識にしている自分がいて、

 

その最中、弁解している最中にでさえ嫌になる。

 

気づきながら弁解している。

 

 

それほど気にしてるくせに、なかなか直らない。

 

何も守るものなんてないのに、

 

守っているつもりなだけ。

 

ほんとうに、強く、

 

優しくなれるように、

 

もっと弱さを認めていこうと、思った。

 

 

あ、今日クリスマスだったんだ。

 

 

年賀状書いて寝よう。