【旧】四畳半商店ドードーの日記

家族・木工・四畳半商店・ステップファミリー・自然・暮らしのこと、などなど。

コロナ自粛と関係ないけど、家族で暮らすことってやっぱそれなりに努力しないと、関係性は育まないんだなという、今日の学び。

こんばんは。

百々です。

 

世の中ではコロナで家族と過ごす時間が長くなり、コロナ離婚やコロナDVなど、今まで表面化していなかった問題が炙り出されているそうです。

 

我が家では4月の出産がありましたが、出産前からコロナが流行していても、ほとんど今まで通りの暮らしをしていました。

 

コロナで離婚とかDVとか起きるのは、今まで相手に向き合わなくても、外に出て、愚痴言ったり、遊んだり、どこかで誤魔化してきたから。

 

抽象的に見れば、コロナのお陰で向き合う機会になってるよねと思う、

 

一方で、やっぱり向き合っていくのはかなりエネルギーも使うし、ほとんどの人が別れたり、力でねじ伏せたりしてしまうんだろうなと。

 

気持ちもわかるけど、そこを越えたら、人はもっと強く優しくなれる。

 

きれいごとではなく、本当に成長できるチャンスだと思います。

 

 

僕自身も去年の7月から新しい家族と大阪での暮らしが始まり、育児と家事と仕事と、この10ヶ月取り組んできました。

 

本当に痛感するのは、それまでの1人暮らしが、いかに楽だったか!です。

 

とにかく自分の時間が少ない..!

 

自分の思い通りに、物事が進まない..!

 

一人であれば、誰にも邪魔されることなんて無いので、思い通りに過ごせる訳じゃ無いですか..!

 

 

今日もこんなことがあって、

 

理央さんと晩飯はご飯とあるもので良いねって話していて、

 

「今日は個別にご飯してね」

 

と娘にも理央さんが話していて、

 

 

 

僕は内心

 

「良かったー!今日は楽だな〜!」

 

なんて思って、小さく喜んでいたのです。

 

 

それで僕はおにぎりが食べたくて、海苔をだすと二枚しかなくて、ちょうど2個おにぎりでいいなと思っていました。

 

 

おにぎりを作り出した時に、

 

「私も一個食べたい」

 

と理央さんがいっていて、

 

 

 

その後すぐに娘も

 

「私も一個欲しい」

 

となり、

 

海苔をつけて、1つずつおにぎりを作ってあげることになりました。

 

 

 

けどこの時、ちょっとイラッとした自分がいることに気づいたんです。

 

しかも「なんか、これ前も感じたな」と思って、

 

 

 

僕はいつも同じパターンでイラッとしているなと思ったんです。

 

 

 

 

これは

 

「おにぎりを余計に作らなきゃいけなくなった」

 

とか

 

「海苔で食べたかったのに食べれなかった」

 

ということが実際におきたんですが、

 

 

「前おなじようなことを感じた時との共通点は何かな?」

 

と俯瞰して、今の出来事を見てみると、

 

 

「何かに期待して、裏切られたような気分になって、イラッとしている」

 

 

ということが分かったんです。

 

 

 

今回のおにぎりの件で期待していたのは、

 

「家族の分は作らないでいい」

 

「自分の分だけ作ればいい」

 

「海苔でおにぎりが食べれる」

 

 

という「期待」をしていたんです。

 

しかも、期待したのは人に対してではなく、

 

未来の「出来事」に対して期待したのです。

 

 

これは一人で暮らしていれば、ほぼ間違いなく「期待通り」に実現され、

 

海苔付きのおにぎりを何の問題もなく食べることができたでしょう。

 

この思考パターン、ぼくの今までの人生の癖が、そう期待させていて、

 

それが崩された途端に、

 

イラッとして、我慢して、疲れて、

 

モヤモヤしたまま自分のおにぎりを食べるということになってしまった訳です。

 

 

この「期待」というのは良い言葉の様に使われますが、

 

実際は厄介なものだと、今回のおにぎりの件で実感しました。

 

「人」に対してでも、「未来の出来事」に対してでも、

 

それが裏切られた時、

 

人は疲れるし、元気がなくなるし、

 

エネルギーがなくなるんだなと実体験し、立証したのです!

 

 

 

じゃあ、これを今後どうしたら良いのかなと思い、

 

お風呂に入り、心をリセットし、振り返り、心に問いかけ、考えました。

 

 

結論から言うと、

 

 

「神様を信頼して委ね、今を生きる」

 

 

だなという結論に至りました。

 

 

未来がどうなるか。1分後、1秒後、どうなっているか、なんて誰にもわからないし、

 

分かったと思っても、それを決めつけても仕方ないと思いました。

 

「こうして欲しかったのに」

 

「なんで思った通りにしてくれないんだ」

 

人はいつも期待して、それが起こらないと怒りや悲しみといった、感情を使って処理しようとする。

 

それはとてもエネルギーを使うし、周りの人にもそういう感情は伝染し、悪い影響を与えてしまいます。

 

 

 

「神様に委ねて、何が起きても、それを受け入れ、人や未来に期待せず、今その瞬間に起きたことに向き合い、生きること。」

 

そういうことなんだとじわっっと心に染み込んでいきました。

 

 

 

家族で暮らすと、本当いろんな問題、課題がお互いに浮き彫りになります。

 

僕は家具を作るけど、家族の良い関係性がまず無いと、家族みんなで、円卓を囲んで、そこで美味しいご飯をたべるなんてことは、絶対無理だなと思います。

 

これは一人ではなく、家族と暮らすことになって、強く思う様になったことです。

 

僕もこれからも、そんな理想の家族の在り方を追求しつつ、日本の木で、木の命、木の力を伝えていける、そしてそれが家族で穏やかに、暮らしていけるようなお手伝いのできる家具を作っていきたいと思いました。

 

僕は家具屋にいた時も、やっぱりテーブルとかの製作が多かったし、なんかみんなで輪を囲む家具をもっと作っていけたら良いなと思います。

 

楢の円卓 -1200- | 四畳半商店 Online-shop

 

円卓は1つしかないんですが、良かったら覗いてみてくださいね!

 

ということで、今日の出来事から、学びを共有させていただきました。

 

ありがとうございます!

 

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