木を扱う者・四畳半商店の店主、ドードーの日記

家具製作・四畳半商店・心のうち・日々感じること、を出しています。

依存から自立へ。

「出逢った人を通して自分の内側を見る」

 

馬場さんの言葉が思い出される。

 

 

昨日も自分の人間力、というか

 

心の強さや受容力を試され、

 

そこから学び、一歩でも進むことができたように思う。

 

家族という近い存在であるが故に、

 

「理解して欲しい」

 

という相手に対する要求が、

 

素直な心を覆い隠してしまうことがある。

 

他の人からであれば受け入れられた言葉も、

 

その相手が誰であるか。

 

自分にとってどんな存在であるか。

 

どんな想いを持って接している相手であるか。

 

によって、言葉の重みや伝わり方が

 

全く違うものに変わってくる。

 

 

 

「わかってるよ。俺にだってこういう事情があって、こう思ってやってたんだよ」

 

そんな言葉がつい出てしまうような、

 

 

そこには理解されていないことに対する苛立ちがあって。

 

だけどそもそも、相手の気持ちを一方的に判断し、理解されていないと思われていると感じている自分。

 

 

 

「わかってくれよ」

 

と言って、相手からの承認を求めようとする。

 

「そうだったんだね。それは大変だったね。」

 

それを聞きたくて、

 

聞けないことでまた苛立つ。

 

 

自分の想いや、なぜこうしたか?

という理由は相手に伝えるべきだ。

 

ただ、そこに「わかって欲しい」というエゴを付随させる必要は無い。

 

それが成就しなかった事に対して、一喜一憂する必要は無い。

 

 

「そうか。それはわからなかった。今度取り組んでみる。俺はこう思ってこうしたんだけど、もっと良い方法があるし、だからうまくいかなかったって事だね」

 

事実と結果を伝えれば良いのに、

 

そこに依存心からくる、自分を認めて欲しいという気持ちが絡んでいた。

 

それはつまり、自分が自分を認めてあげれていないから、

 

相手にそれを求める。

 

 

自分を認める事。

 

自分を愛する事。

 

僕の周りに現れる問題それぞれは、一見異なる性質から来ていると思っていたけど、

 

何度も、掘り下げていくと

 

奥に潜んでいる核には、

 

「自己価値の低さ」や「自立心の無さ」

 

と言ったものがあること。

 

それが僕の問題だった。

 

 

そんな問題を抱えている自分をしっかり見守って、認めてあげることが、

 

こうして振り返る事で行動できている。

 

そんな自分の成長と人生の道筋を歩き、

 

今一歩ずつ前に、

 

前に進んでいる事。

 

その自分を尊いと思う。

 

それを気づかせてくれる家族。

 

道筋を示してくれる馬場さん。

 

 

 

自立すること。

 

 

本当の意味で自立していなかった。

 

 

僕の中で「自立・自立心」という

 

言葉の重みが、ずんっと深く、

 

重厚な、けど美しいモノへと変わっている。

 

 

本当に皆さん、ありがとうございます。

 

一ミリでも進んで参ります。

 

そんな人生の記録と、

 

もがく様子と葛藤、新たな境地への到達と言った、

 

僕の人生の一部を共有した内容になりました。

 

読んでくださり、ありがとうございます。

 

 

大阪ではもう台風はすっかり過ぎて、犬の散歩に行きがてら、

 

お寺で掲げていた言葉が今の自分に

 

しっくり入ってきたので、共有します。

 

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“堪忍の袋は大きい程よし”

肝に銘じます。

 

 

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