【旧】四畳半商店ドードーの日記

家族・木工・四畳半商店・ステップファミリー・自然・暮らしのこと、などなど。

オヤジが遺したもの

2020年3月15日

 

今日は大阪から埼玉へ、家族で向かっています。

 

理央さんと絃にうちのおかんに会ってもらうために。

 

また僕が育った地元を見てもらうことのもなるなっと思っています。

 

本当はオヤジにも会ってもらうつもりでいたけど、

 

3月5日にオヤジは病院で亡くなって、

 

僕はその時、偶然埼玉にいて、

 

先週兄弟と親戚だけの小さな葬儀を行ないました。

 

「オヤジに呼ばれたのかもしれないな」

 

そんな風に今は思っています。

 

 

 

 

オヤジは僕が中学一年の時、

 

おかんと離婚し、

 

何も言わず、家を出ていきました。

 

 

 

パチンコ、競艇、ギャンブル、タバコ、借金...

 

酒に呑まれて

 

家の中で暴れて、

 

兄妹みんなで泣きながらオヤジを止めようと

 

オヤジに必死にしがみついたのを今でも鮮明に覚えています。

 

おかんの悲鳴を聞くのが、

 

怖くて、怖くて。

 

本当に怖くて仕方がなかったのを覚えています。

 

そんな日々が毎晩のように続いて、

 

オヤジが夜帰ってくることに怯え、

 

みんなが寝ている二階に上ってくるあの足音。

 

オヤジが帰ってこない夜は、

 

「良かった、今日は何もなかった」

 

そんな風に安堵したのを覚えています。

 

 

 

 

「どっちに付くんだ?」

 

必死にオヤジの暴力を止めようと抵抗した夜、

 

オヤジから聞いた言葉はそれが最後だったような気がします。

 

僕ら兄妹は皆おかんと生きていくことを選びました。

 

 

13歳の僕は、

 

その時の感覚、

 

「世界が変わってしまう」

 

「学校で何て言えば良いんだろう」

 

「これからどうなるんだろう」

 

という漠然とした大きな不安感。

 

同時に

 

「やっと終わるんだ。」

 

「もう怖がらなくて良い」

 

「解放されるんだ」

 

そんな恐怖に怯えて過ごす日々が終わることへの安堵感、

 

が順番に、

 

湧き上がったのを覚えています。

 

 

それから俺はオヤジと17年間会ったことは無く、

 

30歳になった時、

 

すごく最近だけど、遠い感覚。

 

僕はオヤジと17年ぶりに再会しました。

 

妹や兄貴は何度か会っていたみたいで、

 

俺には連絡も来ないし、俺からする事も無かった。

 

オヤジは同じ町に住んでいて、居酒屋をやっていた。

 

昔から何度か居酒屋やスナックを始めては、潰していくのを見ていたから

 

「根っからなんだな」

 

そんな風に思って、

 

何も変わっていないオヤジに呆れて、

 

そこには怒りも恐怖も感じなくなっていました。

 

妹と姪っ子と一緒に行ったけど、

 

オヤジは俺には目を合わそうとせず、

 

どこか気まづそうで、けど何も気にしれいないような、

 

俺も昔のオヤジを消し去れなくて、

 

どこか軽蔑して、

 

妹とオヤジが会話しているのを外からただ傍観しているような

 

会ったけど、交わっていない。

 

オヤジとはそれから数えられる程度しか会って来なかったけど、

 

いつもそんな感覚で終わっていた。

 

 

俺もオヤジもお互いに後ろめたさはあるんだと思う。

 

オヤジの財布から1万円札を何度か盗んで、謝っていないまま、しらばっくれたなとか。

 

オヤジもオヤジらしいこと出来なかったなとか思ってんかなとか、

 

家庭という安心の場を壊して、

 

子どものこと置いて出ていって、

 

経済的な援助ももちろんなかった。

 

 

だから僕の中での父親像というものが、とても悪いものばかりだった。

 

「揺るぎない、安定した存在」とか

 

「信頼のおける、頼れる存在」

 

なんかじゃ全然なくて、

 

不安定で、暴力的で、突発的で、

 

頼ることもできず、

 

信じることもできず、

 

対話することも出来ず、

 

ただ一方的な存在。

 

「こういう風にはなりたくねぇ」

 

反面教師でしかなかった存在でした。

 

 

「頼れない分、自分が強くならなくちゃいけない。」

 

無意識にそういう意識が生まれて、

 

それがデフォルトになって、

 

子どもなのに大人らしくいなきゃいけない。

 

そういう矛盾、無理が

 

今大人になって表面化してきて

 

去年から理央さんのシータヒーリングのクラスや馬場さんのコーチングの中で

 

向き合い、

 

対峙し、

 

乗り越えてきた矢先で、

 

オヤジは死んじまった。

 

オヤジの形見にオヤジが使っていた器や箒なんかを持って帰った。

 

今見ても、

 

「なかなか良いモノじゃないか」

 

って思う。

 

オヤジの美的感覚や自然のものへの愛着は

 

しっかり譲り受けてるんだと思う。

 

 

昔から野鳥を取ったり、犬、鶏、金魚、ウサギを飼ったり、動物が好きだ。

 

実家のそばの山で、ツルでブランコを作ってくれたり、

 

その奥にある沼でフナ釣りをしたり、

 

河原に入って泳いだり、

 

外食に連れていってくれるのもオヤジだった。

 

パチンコ屋や競艇場にも連れて行かれたな。

 

 

 

居酒屋を始めようとする挑戦する心、

 

先を恐れない心、

 

好奇心、

 

自分を愛する心、

 

自然や動物を愛する心、

 

子供のように楽しむ心、

 

そういう行動から育まれた感性や美的な感覚は間違いなく引き継いでいる。

 

 

オヤジと自然の中で過ごしたあの時間が

 

今でも貴重で、

 

オヤジは何も遊んではくれなかったけど、

 

一緒に山へいき、勝手にお互いに過ごす時間が

 

ただ楽しかったし、

 

数少ない親子っぽい一面だった。

 

 

だから今は、木を扱い、

 

家具を作る仕事を志すことが、

 

僕の仕事だと思うし、

 

自然と一緒に生きていきたいっていう感覚

 

感性を形成したのは、

 

オヤジの感性だし、

 

オヤジが創ってくれた、あの時間が影響を与えている。

 

だから今はすごく感謝している。

 

 

 

最後は

 

お爺ちゃんみたいに小さく細くなって

 

昔暴れていた面影は全くなくなっていた。

 

痩せて、歳衰えたオヤジは

 

惨めで、

 

なぜか昔暴れていた頃のオヤジを

 

懐かしく、

 

弱ってしまったことに残念な気持ちを抱いた。

 

涙は出ないと思ったけど、1人で泣いた。

 

大人になった俺の顔は、

 

理央さんにも似てると言われて、

 

会社に属せず、

 

オヤジの様に、

 

「一般的な社会人」ではなくなってきているけど、

 

自分の心を大事にしたことは良い選択だと思う。

 

相続も借金が残っているかもしれなくて、

 

最後までどうしようもねぇオヤジだったけど、

 

しっかりあの世でも自分らしく、楽しんでいってほしい。

 

そして、ありがとうと言いたい。

 

いろんな機会をありがとう。

 

ちゃんと安らかに眠ってくれよ。

 

昨日のせっかくのホテル泊だったのに、

 

夜中の2時から寝付けなくて、朝を迎えて、

 

なぜかずーっと、オヤジのことが頭に浮かんできやがって..

 

やれやれ。

 

今はまだ成田から埼玉へ向かうバスの中。

 

オヤジが何か言ってんのかもなあって、思っている。

 

 

 

理央さんと絃を実家に連れてくのは楽しみだ。

 

ボロ家でびっくりするかな。

 

地元の自然も見て欲しい。

 

埼玉だけど、結構気持ち良い自然が残っている。

 

まだまだバスは永い様です。

 

ではまた。

 

殻を破れ!話して鍛える、英語コーチングメルマガ
読者登録フォーム
お名前(姓名)
 
メールアドレス